軽薄

 仕事が終わったころを見計らって?モコが2階から降りてきた。モコはとても利口で、そのタイミングを理解しているみたいだ。そして昨夜はお目当てもあったのだろう、降りるやいなや夕方から漢方の勉強に来ていた薬剤師の所に尻尾を振りながら駆け寄った。その薬剤師は、殺処分される犬を引き取って世話をしているNPO法人の構成員だが、犬に対する思い入れは並はずれたものがある。ただ単に愛玩的に可愛がるのではなく、「責任を持って」と言うところをことさら強調するし、自分でも実践している。モコはそんな彼女の動物好きのところが分かるのだろう、一目散に駆け寄る。すると彼女は床に正座した。ミニチュアダックスだから小さくて、例えば彼女が腰をかがめてくれても、モコは彼女の顔には届かない。だから彼女が正座して低くなることによって、モコと同じ視線を作り出したのだと思う。モコは喜んで彼女の膝に乗りしきりに顔を舐めようとした。彼女がモコのために素早くその姿勢を取ったのに感動した。  彼女が世話をしている犬のことを話すときにはまるで擬人化されていて、第3者が聞いたら人間の話をしていると思うだろう。例えば「あの人たち」も「あの子達」も犬のことなのだ。他の薬局で管理薬剤師をしていて信望も厚い人だから幼稚とか知性が劣っているわけではない。人格化するほど犬の命を大切に思っているのだ。勝手に飼い犬を捨てる人達のことを非難するわけではなく、自分の時間もお金も持ち出しで世話をしている。ただただ頭が下がるが、モコとの接し方を見ると、道徳とか正義感の前に「本当に犬が好き」なのだと思う。日本人には照れくさくて使いにくい「愛」という言葉を「大切にする」に置き換えれば彼女の行動が自然に理解できる。  見かけとは違う彼女のしなやかな意志に、僕自身の軽薄さがあぶり出される。