家庭

 電話の向こうから溢れんばかりの高揚感が伝わってきたので、良い結果を手にしたのだとすぐに分かった。本人は勿論、親としてこれ以上の喜びはないだろう。いや、彼女の場合は安堵と言った方がいいのかもしれない。  お子さんが入試の4日前になって風邪をひいた。余程体力を落としていたのだろうか、インフルエンザでもないのに高熱を出し、布団に入っていると言う。病院で薬をもらって飲んでいるのに熱が下がる気配がなく、漢方薬を併用したいと言ってきた。体力(免疫)を上げる薬を飲んでもらったら幾分か熱は下がった。二日前になって、慌ててお母さんが又連絡してきた。完全に風邪から脱出できていないせいか、不安になって泣いているというのだ。なんとか試験を受けられるようにしてとの要望だった。そこでしばしば受験生に作る漢方薬を2日分渡した。結構過度の緊張感や不安感から解放される処方だ。  もうそれでそのことは忘れていた。今日の電話で空白の日が埋まった。嘗てお母さんのパニックを漢方薬で治すことが出来たので、お母さんは僕を思いだしてくれたのだと思う。高熱と言い、極度の不安感と言い、急を要するトラブルだった。世間で言われている漢方薬のイメージなら、そんな急を要する場面で出番はないはずだ。ところが僕の薬局は違う。漢方薬も現代薬も基本的には分けない。同じように効いてくれなければ意味がないのだ。僕は漢方オタクなどではないから、とにかく役に立てる武器を使うだけなのだ。それは時として現代薬であったり、時として漢方薬であるだけの話だ。所詮田舎の薬局に大きなことは出来ないが、一人の少女が躓くことなく希望通りに進学した。「先生のおかげです」と何度もお母さんは繰り返してくれたが、それは間違っている。貴女のおかげでお嬢さんは希望を叶えることが出来たのだ。ほんの一瞬だけ関わった僕などではない。  どこにでもある家庭で繰り広げられる、どこにでもある光景に関われる幸せを思う。