特技

 父の代からずっと通ってきてくれているその女性は、必ず毎週火曜日にやってくる。隣接している町の人里離れた藪の中に家がある(本人の弁)そうで、健康でないと暮らすのに不安なのだそうだ。健康が最低条件なのだ。だから僕が店頭に立って40年近く彼女が病気をして薬を出した記憶もないし、医者にかかったことも聞いたことがない。それでも当然体は衰えるから、最低限ではあるが熱心に衰えに抵抗する漢方薬を飲んでくれている。漢方薬だけではなく、来るたびに養生法やテレビで得た健康情報の解説を求められる。昨日やって来たときに、その健康への拘りよりももっと興味深い話を聞いた。  5歳違いの妹は、急速に発展した町の中心部に住んでいる。牛窓に隣接するその町も長い間田圃が広がる長閑な町だったのだが、ここに来て、都市部を追われるように大型店がいくつも進出して、不揃いに勝手気ままに店舗を展開している。その煽りで妹が通っていた店舗が次から次へとシャッターを下ろし、買い物ついでの会話がなくなったのだそうだ。そしてその妹が「私は後10年は元気で生きられるような気がする」と言った姉の言葉にとても驚いたのだそうだ。実は妹は他人(主に商店主)と会話をする機会がめっきり減ってウツウツとしていて姉が心配しているのだが、5歳も年が下の妹が後10年も生きる自信がないらしいのだ。女性は「私は、ヤマト薬局に毎週やって来て色んな話が出来て幸せじゃ」と妹と比較して言ってくれた。職業柄お喋りに付き合うのは簡単で、仕事の延長くらいな感覚だが、その女性には僕の薬局は井戸端だったのだ。薬での貢献だけではなく、何気ない世間話が彼女を健康にしていたのかと教えられた。  人里離れた所に住む素朴な田舎の一女性にとって、話を熱心に聞いてくれる存在は僕だけだったかもしれない。親切でもない、優しくもない、そんな僕が何故人の話を忍耐強く聞いてあげれるのか自分でも分からないが、ひょっとしたら数少ない僕の特技なのかもしれない。