精算

 カロリーの摂りすぎの人がかかりやすい皮膚病の相談に来た人に「甘いものばかり食べているのではないの?」と尋ねそうになったが、顔を見た瞬間その質問を取りやめた。「こればっかりいっているのではないの?」と酒を飲む仕草を真似て尋ねてみたら「酒は2年くらい飲んでない。もう止めた。今は目の前にビールがあっても飲もうとは思わん」と断酒を誇らしげに言うが、すでに僕の300年分くらい飲んでいるのだから、今更飲んでいないと言っても自慢でも何でもない。  僕の薬局ではみんなが口が軽くなる。腹に溜めていた想いを吐き出して心を軽くして帰るのだろうが、これが薬以上に効くことを、僕がそもそも認めているのだから、本人達も然りだろう。この男性も、肝癌の手術をしてその後検査だけしていたらしいが、今日ガン細胞が残っていることが分かり、再手術すると医師に説明されたばかりだという。僕より身長はあるみたいだが、かなり痩せていた。癌の手術がかなり負担だったのだろうと水を向けると、痩せたのは糖尿病があるからだと説明してくれた。 なるほどこれで一連の流れが分かった。嘗ての彼は酒の臭いをさせながら、ちょっと猫背気味で、御法度の裏街道を歩くところまでは行かないが、もう少しであちら側に渡りかねない人物だった。何が彼を守ってくれたのか、結局は堅気のまま過ごした。臑にいくつの傷を持っているのか知らないが、ハラハラしながら堅気で通したと言うところだろう。酒にタバコに、後は知らないが、体によいことなどしそうにない人だから、「若いときにムチャクチャしたのを悔いているのではないの?」と尋ねてみたら「全うに暮らしとりゃあ良かった」と柄にもない返事が返ってきた。そうか、やはり死に病をする頃になると、あんな人でも後悔するんだと意外だった。  何を隠そう彼は僕と同級生なのだが、やつれ具合を直視しづらかった。今の彼ならいくら悪ぶっても相手は動じないだろう。どこかで精算して消えていく。あちらもこちらも途中の人も。