寒霞渓

 小豆島は牛窓の前島越しに見える。大きな島だから、はるか彼方にあるのに前島に覆い被さっているように見える。牛窓からだと船を持っている人は直通だろうが、僕らはまず車で岡山港まで30分以上かけていき、そこからフェリーに乗って70分の旅になる。結構遠いのだ。今日、その逆を通ってある家族が訪ねてきてくれた。何度か会ったことはあるが基本は電話相談で、独特の話し方の印象深い女性とその家族だ。 最近「動かず」の僕でもさすがにかの国の女性達を連れていってあげられる所のネタがつきかけて、ちょっと珍しそうなところから来た人には穴場を尋ねる癖がある。今日訪ねてきてくれた人なんか最高のターゲットだ。小豆島と言えば僕らより上の世代の人には「24の瞳」と言う映画が強烈に印象に残っているから、人も景色も素朴で素敵な島なのだ。そして寒霞渓という有名な山があり、一番の観光スポットだと理解している。  そこで夫婦に「寒霞渓っていいところ?何があるの?」とワクワクして尋ねた。これで又かの国の若い女性達を楽しませてあげられると思ったのだ。 すると二人は一瞬言葉を呑み込んでから、ご主人の方が「ただの山」と答えた。これには参った。期待が雪崩のように滑り落ちた。でもその単純明快な言葉が意外と僕に有名な観光名所をイメージさせた。頭の中に景色が一瞬のうちに浮かんだのだ。正しいのか、似ても似つかないのか分からないが、とにかく景色が浮かんだ。 さすがに僕の落胆ぶりをフォローしようとしてくれたのか「寒霞渓は紅葉の時だけ綺麗いで、後の季節はただの山」と教えてくれた。余程ただの山を強調したかったのか、照れか知らないが、地元の人ならではの評価にとても信頼感があった。それに輪をかけたような「クジャク館もあったけど、今は閉まっている。見に来る人がいないから」と言う奥さんの地元紹介も信頼感の塊だ。一部の都市だけが富や繁栄を謳歌しているこの国で、人情だけを頼りに暮らす人達が此処彼処でしなやかに織りなす連帯が嬉しい。