愛好家

 不思議な経験をした。  朝の7時過ぎに電話があるから何か急病かと思ったら、爪を強くする塗り薬がありますかという内容だった。なんでも爪が薄くなって仕事に差し障るらしい。僕の価値観から言うと緊急を要するようなものではないと思うのだが、本人にとっては今日の仕事が問題なのだろう。そうした商品を僕は知らないから「マニキュアでも塗ったら」と提案すると本人はすでに塗っていた。なんでもそれを標榜した商品があるらしいが、僕の薬局では扱いもないし、そもそも初耳だった。申し訳ないが扱っていないと答えると、それではバンドエイドを売ってくださいという、なんとも落差のある解決を見た。シャッターを半開きにして待っている間に、その人の言うマニキュアのようなものをインターネットで調べてみた。するとその人の言ったような商品が沢山でてきた。いくつもの会社から発売されているみたいだった。もっとも僕が知っているような製薬メーカーではなく、ほとんど異業種と言っていいと思う。  不思議な経験とは、次から次にページを開いて画面のマニキュアを見ているときに、あの香しいシンナーの香りがしてきたのだ。香りだなんて書くとほとんど例の愛好家のように見えるかもしれないから、シンナーの臭いと書いた方が無難かもしれないが・・・いや結構僕はシンナーの香りが好きだからやはり香りと書こう。例の香ばしい香りがしてきたのだ。香りはどこからともなく・・・と書くと小説になるが、明らかに画面のマニキュアのボトルからしてきた。当然そんなはずはないから何回かクンクンと画面に鼻を近づけて臭ってみたが当然それで匂いが強くなるはずがない。画面から鼻を離してもかすかにシンナーの香りがする。その間1分くらいの出来事だったかもしれないが、明らかに僕はその短い時間シンナーの香りをかぎ続けていた。 あの鮮やかなマニキュアのボトルの絵を見続けたせいだと冷静に考えれば理屈は分かるが、これと同じことが、過敏性腸症候群のがす漏れタイプの人は毎日、それも四六時中起こっているのだと思った。多くのがす漏れの方の漢方薬を作ってきたが、そして10数年くらい前は、そんなことはあり得ないと声高に言っていたが、今は敢えてその事には言及しない。人間だからこその悩みを否定しても何ら解決しないことが分かったから。嘗て、落としたはずの腕が痛む病気(幻肢痛)を漢方薬で改善することが出来て、その処方を応用した漢方薬で肝っ玉をつければ治ることを多く経験してからは、焦らずに漢方薬を飲んで回復を待っていれば完治することが分かった。  画面から香るシンナーもがす漏れも、所詮人間だからのことなのだ。首から上が異様に発達したおかげなのだ。その発達をもっと他の生産的な行為に使って欲しいと思う。繊細な心の持ち主にしか作れないものはいっぱいあると思うから。