勇敢

 帰化した人だからあまり素性は知らない。ただ日本人でも滅多に行くことが出来ない大学院を卒業し、日本人でも手にするのが難しい肩書きを持っているから相当の才能の持ち主だと思う。自然派志向だから良く漢方薬を利用してくれる。外国の人でも日本人と同じように作れば効くのだと勉強させて貰っている。 何の話から進展したのか忘れたが、僕の学生時代の話になった。あれだけ飲んでくれているのだから、恐らく僕を信用してくれているのだろうが、僕は僕で素性を語ったこともないから、お互いがベールの向こうだ。ただ彼のベールは結構透けて見えるところもあり、聞こえてくる実績は凄い。僕のどうでもいいようなベールは、薄汚く汚れてしまって、僕が学生時代ドイツ語を始めありとあらゆるもので欠点を重ね、特に生薬などちんぷんかんぷん、いやそれ以前のブロッキングで悩んでいたことなどを喋った。授業は出るものではなく、抜けるものだと自供したし、教科書を読むのが学生ではなく、パチンコの玉の弾き方を読むのが学生だと言ったし、4年生大学でももっと丁寧に年数をかけて卒業したことも喋った。僕の嘗てのごくありふれた日常は、真面目で優秀な彼にとってはほとんど武勇伝のように思えるらしくて、たわいもない話のほとんどが大受けした。  コーヒーが美味しい国から来ている彼をもてなすのはいつも勿論コーヒーだ。いつもコーヒーを飲みながら雑談し、漢方薬を持って帰っていく。その日は珍しく奥さんが一緒に来ていて、僕と彼の話を静かに聞いていた。そしてレジをすませるとやにわに奥さんが言った。「私にも漢方薬を作ってもらえますか?」と。「今の話を聞いていて僕の漢方薬を飲むの?」と答えると、ご主人と二人でえらく受けて笑っていた。あの赤裸々な話を聞いて僕の漢方薬が飲めるとは勇敢な人だ。