驚き

 僕でももう30年近くなるのだろうか。だから僕の先輩達にとっては40年近く同じ先生に漢方薬を教えて頂いていることになる。僕にとってはほとんどの知識がその先生由来だ。他の先輩達も同じではないか。  日曜日に隔月の講演会を先生を招いて行った。いつものように漢方薬の知識を授かったのだが、それにもまして興味を持った内容があった。  確かシミについての話だったと思う。ある軟膏(僕の薬局では娘夫婦が作ってくれているが)を50回くらい擦り込むとシミが薄くなると言う内容だった。その軟膏を先生の先生(漢方薬の世界では超有名なお医者さん故山本巌先生)がレントゲンによる火傷の跡のシミ消しに使われていたと言うことだ。先生自身も腕をまくり上げてレントゲンによる火傷の跡を見せてくれた。  僕にはその跡の成り立ちが理解できなかった。先生は山本巌先生の医院に調剤のお手伝をしに行き、処方を覚えて自分のものにされた方だ。その方がどうしてレントゲンによる火傷をしなければならないのだろうと、疑問に思った。だからその事を先生に質問してみた。すると、体が不自由な方のレントゲンの時には、先生が体を支えてあげたままレントゲン撮影をしていたらしいのだ。だからご自分の撮影ではなく、患者さんの撮影の時に一緒に被爆していたらしい。恐らくしばしばそうした経験されたのではないだろうか。  この内容の話の下りも先生はさらりと話された。何か特別のことをしたのではないのだ。ただ僕だったら絶対あり得ない。僕なら絶対放射線から我が身を守る。だが、山本先生も僕の先生もそんな選択はありえなかったのだろう。まず、あっけにとられ、その後自分の覚悟を問われるようで、重苦しかった。  帰り道、車を運転しながら何度もその話の内容が浮かんできた。岡山までお招きして、安穏と講演を聞いていれば漢方の知識が増えた境遇が申し訳ないように思えた。僕らが充分満足がいく治癒率を誇る処方の陰に、こんなこともあったのかと、驚きを持って聞いていたのは僕だけだったのだろうか。