ハイタッチ

 ある薬の業界紙に寄せられた意見を、これもありという感覚で読んだ。  「こちらは具合が悪くて行っています。薬剤師の方も人相手の仕事なのだから愛想良くしてほしいです。私が最後の客でしたが、ドアを出たとたん背後でハイタッチをしているのを見た時正直怒鳴りつけてやりたくなりました。ものすごく腹が立ち、2度と行くもんか!と思いました」  東北地方の若い女性の投稿らしいが、勝手にイメージしている東北美人の正直な怒りが伝わってくる。色白で忍耐強く・・・・それでも許せなかったのだろう。  僕ら昔の薬局の人間にとってお客さんを一人作るってのはとても大変なことだ。薬の知識、養生法の伝授、果ては病気の改善は当然だとしても、人間性まで評価されてやっと馴染みが出来る。その果てしない積み重ねでやっと事業として成り立つ。だから何十年勝負なのだ。ところが最近の薬局は、医院の前に建物を造り、医者が集めた患者の薬を作っていればいいから、全身全霊なんてのは必要ない。医者の機嫌を損ねない限り、金づるは毎日当然の如くやってくる。だから、最後の患者の応対がすんでハイタッチしようがロウタッチしようが、仕事から解放されるその瞬間が至福の時なのだ。でもそれは当然悪いことではない。運悪くその解放の瞬間を見られただけで、ちょっと隙があっただけなのだ。サラリーマンが仕事が終わりビアガーデンでジョッキを傾けるのと何ら変わりなく、悪意は全くない。処方せんに従い、正確に調剤し、幾ばくかの薬学的な指導をすれば完璧だ。愛想はするものではなく、こぼれ出るものだから、そこまで期待されたらかなわない。経済的に恵まれた現代の薬剤師が、体調不良でやってきた患者と同じ地平に立てるかどうか分からないが、いずれその薬剤師が年齢を重ね、患者の回復を喜んでハイタッチをし合う姿を見せれば、その色白で忍耐強い東北の女性も許してくれるだろう。