無為

 スーパーのゲームコーナーのある一角にちょっとした人だかりが出来ていたから何気なく僕も覗いてみた。その場には全く相応しくはないのだが、トイレがゲームコーナーの奧にあるというだけでしばしば僕はそこは通る。 なんて言う名前のゲームか知らないが、又どうすればゲームが成立しているのかわからないが、小学生くらいの少女が太鼓を叩いていた。どうやら画面に出てくる何かにあわせて太鼓を叩いているみたいで、うまく叩けたらその何かが消えるみたいだ。アットランダムに出てくるものに合わせて叩いているみたいだし、連打をしているときもあった。恐らくそのゲームを知っている人達が、感心してみていたのだと思う。良くは分からなかったが失敗しなかったみたいに見えた。人垣を作っている人達は多くが大人で、中には僕より年配の方もいた。若いカップルが数組いたが、そしてそれは何となく似合っているが、僕より年配の方達が感心してみているのは違和感を覚えた。なんてえらそうなことを言える立場ではない。その違和感の数を僕が又一つ増やしたのだから。 ただ僕は感心して見ていたのではない。もっと現実的なことを考えていた。人垣を作るほど上手いのには、器用さの他に投資した金額というものがあるだろうと思ったのだ。いくらで遊べるのか知らないが、恐らく多くを投資したのではないか。いつかテレビで踊りながら太鼓を叩く若者を取材していたが、オタクの典型みたいに芸能人が揶揄していた。ゲームを終えた後、後ろの人垣に一瞬目をやって表情を一つも変えなかったクールな少女の何も知るよしはないが、昼下がりコインと引き替えに時間を潰す姿がしっくりとは来なかった。  嘗てのパチンコ青年が何も言う資格はないが、あまりにもなにも生産しなかった時間を僕はパチンコで作ってしまった。もしその時間を有効に使ったとして何が出来たか分からないが、その無為の人生のスタートはその少女より少なくとも10年近くは遅かったように思う。