五島列島

 何世代怨念は受け継がれているのだろうと思う。同じ国内のことでこのくらいだから、外国との関係などこの比ではないだろう。  久々に訪ねた教会で、それまで数年間ほとんど口を利いたことがない人が話しかけてきた。何を切っ掛けで口を利いたのか覚えていないが、印象深い話の内容だけはちゃんと耳に残っている。北風が吹く駐車場でその人は寒さを感じなかったのか、結構長い話をした。 「僕が水戸黄門を好きなのが申し訳ないですね」と答えざるを得ないくらいその老人は徳川が憎いと言っていた。若いときは何とか復讐してやろうと思ったとも言っていたから、結構本気だったってことが分かる。なんでも彼の出身は長崎の五島列島で、いわゆる徳川幕府にクリスチャンが弾圧を受けたところなのだ。歴史はさっぱり分からないからほとんど正確には伝えることが出来ないが、彼の親が住んでいた島には、鉄格子の扉の洞穴があるらしい。その中にクリスチャンが閉じこめられ悲惨な死を強いられたと言っていた。そうしたことを何代も伝えられているのだ。だから徳川は許せないになってしまう。今は無人島になっていてとても住むことは出来ないらしいが、魂だけは残してきているように思えた。  五島列島と言うくらいだから、5つ島があるのだろう。何がどう発展してその名前が出てきたのか詳細は忘れたが、5つの島からなるから、五つの輪、五輪、五輪真弓に繋がっていった。「五輪真弓って歌手がおるじゃろう、ひょっとしたら一族かもしれん」と、意外な方向に話が発展していった。なんとこの人の良さそうな老人と、あの澄んだ声の歌手が、いわんやあの名曲「恋人よ」を歌う歌手が一族とは。余りにも印象の乖離にその事実はショックだったが、世の中狭いとも思った。もしその老人がフォークソング好きなら、5年も黙ってはいなかったのだろうが、恐らくあまり縁のない世界だから自慢しなかったのだろう。  北風の中、僕に何を思って話しかけてきてくれたのかは分からない。信仰の初心者に何かを間接的に教えたかったのだろうか。それとも僕が何かを抱えていたり、何かに迷っていたり、何かに怯えていたり、何かにすがりたかっているように見えたのだろうか。それともますます初心者に門を閉ざしているが如くの教会を憂えていたのだろうか。