出世

 確か伊丹十三の映画だったと思うが、男を出世させる女性の物語があった。どうやらこれがヤマト薬局で再現されているらしい。映画のように女性が主役でもなく勿論僕でもないが、どうやら薬局そのものが持つ力のようだ。  最近当方の担当になったある若いセールスが、前任のセールスが今は九州担当の支店長になっていて、九州での売り上げを伸ばしているから今度訪ねて行ってノウハウを教えてもらおうと思っていると言った。このご時世で、漢方薬の会社が売り上げを伸ばしていることに驚いたが、もっと驚いたのは、以前担当してくれていた彼が出世して部下を持っていることだった。ヤマト薬局の担当期間がどのくらいだったか忘れたが、確かに律儀で丁寧な男性だった。しかし、いわゆるやり手のようには見えなかった。寧ろどちらかというと物静かに見える。そんな彼が、博多の祭りのように荒くれを想像する九州の地で成績を上げていることは驚きでしかなかった。  そうこう話しているうちに、その彼の前任者はその上のなんとかという肩書き(次長?)またまたその前任者は取締役部長?になっていることが分かった。僕の薬局を担当してくれた人達は結構若いのだが、4人がそれぞれに上から下まで肩書きを与えられて全員が出世している。そう言えばそうですねと若い彼は言ったが、確かにそう言えばそうなのだ。誰の意図でもなくほんの偶然だろうが、この田舎の小さな薬局を担当させられた災難が何故か福を呼んでいる。僕の所に来て取り立てて漢方薬の話をするわけでもなく、コーヒーを飲みながら世間話をしていただけだが、何となく全員の礼儀正しさにこちらも数字で応えなければならないとはずっと思っていた。彼らの会社が扱う台湾の漢方薬は、品質はとても優秀だが、混ざり物がないぶん扱いが難しく、その上患者さんが高額になってしまうので、一般受けはしないのだが、より良い材料で勝負したいと思えば使ってみたい漢方薬だ。僕は、漢方の道に入った頃一杯知識を与えてくれた同じ年齢のセールス(数年前に亡くなった)の恩もあるしで、律儀にそこの会社の漢方薬を中心に使い続けている。今回原発放射能まき散らしがあってから、少しでも遠くの漢方薬を使いたいから良かったなと思っている。  いくらいい材料で高額な物を使っても、良心と工夫次第で他の所よりも経済的になる。田舎で家賃もいらないし、遊ぶところもないからお金はいらない。だからそうしたものを漢方薬の値段に反映させなければ服用して頂く方に負担はかけなくてすむ。僕が漢方薬を始めて、継続できている恩ある方々の中の一人は、今は草葉の陰だが、後輩達を良く育てたものだと思う。空になったカップラーメンの器に囲まれて一人寂しく逝ったらしいが、後輩達との会話の中にいつだって蘇る。僕に1日何円以上の値段を付けたらいけないよと言う忘れられぬ助言は今も忠実に守っている。まだ駆け出しの僕に謙虚を教えたかったのだろうか。無念を自覚する間もなく倒れただろうその人の影を踏む若きセールス達の活躍が嬉しい。

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