陳腐

 生まれて間もない赤ちゃんの写真をメールで送ってきてくれた。目を閉じているから表情は分からないが、恐らくお母さんに似ているのだろう。過敏性腸症候群でずいぶんと困っていた彼女だが、結婚も出産もこれでやり遂げた。今までの苦労が報われたし、本来なら経験しなくても良かったことが恐らくこれからはプラスに働くだろう。 彼女が訪ねてきてくれたときのことを僕は鮮明に覚えている。偶然日にちが合ったので有名な備中温羅太鼓の公演を僕の家族と一緒に観た。楽しそうに彼女も観ていたが、その時でさえ緊張していたのだ。関東からわざわざ飛行機で会いに来てくれたのだから、彼女の過敏性腸症候群を治したい気持ちは本物だったと思う。途中からもう一つのテーマと2兎を追って2兎とも克服したが、家族の協力もあり症状を克服して、いわゆる普通の人の岸へ帰っていった。  恋愛がいいとも思わないし、結婚が必要だとも思わないし、出産が通る道とも思わない。3月11日をもって世界が変わってしまった(小出先生)のだから、余計あるべき姿などが陳腐に聞こえる。すでにあるべき姿は崩壊しかけていたが、あの日を境にもっとスピードを増すだろう。  ただ、恋愛も結婚も出産も、過敏性腸症候群を理由に諦めるのだったら話は違う。もし希望しているなら、その為に歩むべきで、お腹もその為に治せばいいのだ。決して治らないものではないのだから、最初から場外に出ずに、リングの中に踏みとどまって治していけばいい。僕のお世話した中でも多くの人が完治し、多くの人が諦めた。目覚めてからすぐに戦いのモードにスイッチが入るような生活から、何気ない朝の始まりに身を委ねる生活に戻ったときの喜びは筆舌に尽くしがたいらしい。脱力した朝の始まりを取り戻せずに孤独な街を放浪している人々に、彼女の快挙が寄り添えれたらと思う。