奇遇

 奇遇が2回連続で起これば「ギグウ」と呼ぶのだろうか。  わざわざ電話で予約を入れて相談に来てくれた人が、○○病院の先生から紹介されてきたと言った。その先生が開業のために退職したときに紹介状みたいなものをことづけてくれていたらしいのだ。だいぶ前のことだったのでその紹介状はなくしていて、今日はその先生の名前だけしか教えてもらえなかったが、どうやら僕にはその先生と面識がない。どうしてその先生が僕を紹介してくれたのかわからないが、内科の先生だと言うからひょっとしたら息子と面識があり漢方薬の話でもしたのかもしれない。ただその事は黙っていた。  症状を聞き漢方薬を作り会計がすんだ時点でおもむろにその方が「つかぬ事をお伺いしていいですか?」と尋ねた。「私は昭和16年生まれで清心中学、高校の出身なんですけれど、ひょっとしたら大和○○○さんて言う方をご存じないですか?当時牛窓の薬局のお嬢さんって言っておられたんで。確か、学校の傍の○○と言う薬局に下宿されていて、下宿を引き払うときにお手伝いに行ったんですよ。美人で頭が良くて上品であこがれていたんですよ」と言った。すごい記憶力だ。間違いはない。「話の最後の方は違うと思うけれど、それは姉です」と答えると嬉しそうな顔をして「奇遇ですね、奇遇ですね」とくり返した。 確かに奇遇のように思う。恐らく半世紀以上の時を経て嘗て一緒に学んだ同級生の弟の所にやってくるのだから。僕が都会で華々しくやっているのならまだ確率は高いかもしれないが、田舎で開業しているからわざわざ都市部から訪ねてくるのはかなりの勇気がいる。まだちょんまげを結って人々は歩いているのだろうかとか、電気が引かれていなくてランプで生活しているのだろうとか、会計は六文銭でするのだろうかとか、道中で参勤交代に合うとか・・・  「せっかくの奇遇だから意地でも治るようにお世話します」と言いながら見送ったのだが、相談机の僕の背中に飾ってある薬剤師の免許証の生年月日と、記憶を照合していただろうその方の小さなタイムスリップを僕も楽しませてもらった。