起訴

 「国民に政治への関心を持ってもらうことは非常に大切で、その一つの手段として取材を受けた。正式な手続きを経て、(国会職員の)立ち会いのもとで撮影した」とも述べ、手続きに問題はなかったと強調した。 お得意の白い服を着て国会議事堂の中でポーズでもとったのだろうか。その写真を見る気にもならないがテレビで偶然見てしまった。女優気取りか事業仕分けの余韻を残しての英雄気取りか分からないが、国会議員が何のポーズをとるのだろう。長年ポーズだけの言葉に翻弄された取るに足らない一路傍の石としては、姿形で政治への関心を喚起するなどと、その思い上がった気持ちこそ不愉快だ。こんな人間に1時間700円で働いている人達の声、あるいはいつ首を切られるか針のむしろの上に座らされて働いている人達の声が届くはずがない。届かない声に届いている振りが出来るのがこの種の人間の特技だろうが、理屈は何とでも考えられる。国民にファッション誌を経由して政治に関心を持たすなどと良くも考えついた理屈だ。人を馬鹿にするにも程がある。ナルシシズムか露出狂か思い上がりが露呈してしまったという方が余程説得力がある。 姿形が正義まで変える。全く逆の風貌で追いつめられている男がいる。長年、町の有力者と言えばある政党を支持している人ばっかりで、批判めいたことは口には出しづらかった。ところが、今や悪人の代表みたいにマスコミから叩かれる男によって、その息苦しさはなくなった。恐らく日本中で長年の精神的な圧迫感から解放された人間が多いのではないか。そんな業績を、小さなミスで否定していいのだろうか。混乱こそがマスコミの商機だから、中傷ばかりが垂れ流しにされるが、そんなことで大きな貢献を否定したら誰も後に続かなくなる。愚直に仕事に打ち込むより、カメラ目線で虚像を流し続ける方が肩書きや権力を手にすることが簡単なら、誰もが地道な作業を省略し受け狙いの媚びばかりが氾濫する。  正義面、潔癖面する女より遙かに偉大な業績を残した男が、平均年齢僅か30歳の小さな集団に貴重な時間をもてあそばれる。もともと1年前の変化に過大な期待はしなかったが、失望するとは思わなかった。ところが、肩書きを得た人間達の自己保存能力のあからさまな醜態に、嫌悪の情が日々募ってくる。言い古された「何処も一緒」「誰がなっても同じ」が妙に親近感を持って迫ってくる。  この女性、起訴されないの?