亀裂

 2週間くらい前訪ねてきた人達の意味が分かった。下水道工事の開始前に、なんて肩書きかよく分からなかったが、数人の男性が訪ねてきて、家のゆがみなどを希望によっては検査しますと言った。下水道工事が始まるから、工事による苦情を精査しようとする手段なのだろう。一瞬必要がないかなと思ったけれど、ひょっと何か不都合でもあればお互いが納得行くだろうと思って依頼した。無料と聞いたから背中を押されたのだが、何かドライすぎるかなと思いながらも、時代も変わったのだと自分に言い聞かせた。無茶な要求はしないが、泣き寝入りの必要もないと思ったのだ。  数日後2人の男性が書類とカメラと何か棒のような物を持ってやって来た。建物の外観から始まり、屋内は全ての部屋を見て回ったらしい。数時間かかったように思う。付いて回ったわけではないから、どの程度精査したのか分からないが、時間から考えてかなり詳しく点検したのだろう。ひょっとしたら、部屋から階段からトイレから壁一面に貼っている綾瀬はるかのポスターも見られたかも知れない。  さて工事が始まるとかなり振動を感じた。アスファルトをはいで大きな穴を掘り、浄化装置を設置した後に又埋めて道路を固めるのだから。それもすぐ近くを何カ所もするのだから、家屋に影響が出ることもあるだろうなと思った。ひび割れなどが誘発される危険性は十分ありうると思った。その道に長けた人、あるいは悪い知識がある人達にとっては、格好の餌食だろう。恐らくそう言った過去の膨大なクレーム処理の損失から考え出された防衛手段なのだろうが、その経費は少なくないはずだ。誰がどの様に負担するのか分からないが、工事費に含まれて税金があてがわれているのだろうか。  権利を主張するのは悪いことではないし、泣き寝入りが褒められた対処の仕方でもない。寛容を競う共同体はもう昔の話だ。理詰めの駆け引きで身を守るしかない時代が心地よいとは思えないが、そうした防護服を身にまとうしかないのだと納得する。お互いが身を守るために重装備し、それでも一緒に生きていかなければならないとしたら不便なものだ。壁や床に入った亀裂は保証されるみたいだが、長い時間を経て人と人の間に浸透している亀裂は修復されないで放置されている。亀裂はまだ関係性を保っているが、溝にまで成長すると関係性は切断される。分断された個を拾い集める作業は誰ももう出来ないが、新たなる亀裂を少なくとも生まないようには出来ると思うのだが。