移動

 普段僕の薬局が狭いと思うことはないのだが、この時期だけはその狭さを実感する。  春は学校の先生の移動時期でもある。中学校が1つ、小学校、幼稚園が各3つ。計7つの学校の先生方が、それも出ていくグループ、入ってくるグループと入れ替わり立ち替わり挨拶に来てれくれるので、一度に6,7人も入ってこられたらさすがにいる場所を見つけるのが難しい。入り口付近にたたれると姿勢を変えるだけで自動扉が開いたり締まったりを繰り返す。別に僕になど挨拶に来てくれなくても良いのだが、律儀にもう30年近く来てくれる。  牛窓に赴任してくる先生の中でも運悪く僕と縁が出来てしまう人がいる。その縁がかわっていた学校で又新たな縁を作ったりして、意外と漢方薬を飲んでくれている先生は多い。それだけ激務なのだろうと察しがつく。事実学校の先生が寄るのは、夜がほとんどだし、土曜日しか遠方からは来られない。目の前にある中学校の職員室の電気も毎夜10時頃までは灯っている。  この春移動していった中学校の二人の先生は、毎朝7時には体育館に来てバレーを教えていた。土曜日も日曜日もほとんど2台の車が体育館の前に駐車していた。部員がぎりぎりくらいの過疎地のバレー部を、岡山県大会でベストいくつかまで導いたと聞いた。こんな熱血漢の先生は珍しくなって、今はどちらかというと父兄や教育委員会に気を使いすぎて萎縮している先生が多いと思う。モンスターペアレントに精神を消耗されて本来の教育に集中できないのではないか。そのせいで、お世話をするのは心が折れた症状や自律神経がバランスを崩しているものが多い。漢方薬が得意な分野ではあるが、時間がある程度かかってしまう。おもしろ可笑しく不真面目に真面目に取り組むが、その職業の価値が高い故に何とかお手伝いできないかと、こちらも焦ってしまう。教育の専門家が叱責されたり酷使されたりする傍らで、教育の亜流がもてはやされる。何とも不思議な国だ。子育てに臆病になっている親たちの漂流のせいなのだろう。滅多に親を越すような子供は出来ないのだから、過剰な期待をせずに、ほどほどを楽しめば子育てはめっぽう楽しいのだが。そのしわ寄せを先生方が一身に背負っている。まるで冗談のように教えられる環境をつくってあげれば、子供達は多くのものを引き出してもらえるのに。もったいない、もったいない。