永久凍土

 一目見てふっくらしたなと思った。もともとかなりスリムな女性だから、丁度良い加減かもしれないし、まだ太ってもいいのかもしれない。1ヶ月ぶりに漢方薬を取りに来たのだが、こちらが尋ねもしないのにニッコリしながら「彼が出来たんです」といった。彼が出来ない方が不思議な女性だが、お腹が邪魔して今までは恐らくそんなことからも逃げていたのだろう。最初は図書館から訓練し、教室、外泊と出来ることを増やしていって、ついに究極の目標?まで行き着いた。食事も夜だけにしていたが、今は3食食べているらしい。だったら幸せ太りも当然だ。早く僕に彼が出来たことを教えたかったらしい。  その気持ちがとても嬉しい。漢方薬を作る側、それを飲む側。そんな関係でないのが僕の薬局の唯一の取り柄かもしれない。何の能力も持ってはいないが、暇だし、家賃も人件費もいらないから、不必要な経済活動をしなくてすむ。ただただ治って欲しいと、無い知恵を絞る。新幹線もだめだったのに、名古屋まで彼と行って来たという。それも居眠りまでしたらしい。白十字で買ったエクレアがあったからお茶と一緒に出したら、美味しいと言って食べていた。それはそうだろう、お腹のことを思い出すことがほとんどなくなって、彼が出来て、二人とも医療系の学生なら将来も安泰だ。エクレアの甘さに負けない青春をこれから取り戻せれる。  最初に尋ねてきた頃は絶対に治らないと思っていたらしい。ところが僕は絶対に治したいと思っていた。僕の前で、本人もお母さんも泣いた。それを見て頑張らない人間はいないだろう。お母さんが今とても嬉しそうな顔をしていると教えてくれた。二人ともよく頑張ったなと思う。失った数年なんて必ず取り戻せれる。実は本当に失ったものなどないのだから。全ての日常が、価値あるものなのだ。恐らく近い将来、現場に立つ彼女は、傷んでいる人の大いなる救いになるに違いない。彼女が苦しんだ分、彼女が克服した分、技術の奥に添えるものを彼女は沢山持っている。自分の不幸を嘆いていたばかりの器に、もっともっと大きくて大切なものを彼女は加えただろうから。  そう言えばこの寒い日にミニスカートでやってきた。彼女のスカート姿は初めてだ。足を冷やさないでと言う僕の注意なんて守らなくなるのが治るって事なのだ。お腹に注意がほとんど行かなくなり、考えなくなったという彼女の言葉は、過敏性腸症候群の卒業の言葉なのだ。薬がいるのかと尋ねたら、持って帰って冷凍庫に念のためしまっておくという。それでいいのだ。ついでに今までの不快だった日々も一緒に凍らせておけばいい。永久凍土にして。