喫茶店

 昼下がり、年配男性二人と海辺の喫茶店でハーブティーを飲んだ。住宅街の細い道路を車で入っていくから、どんな喫茶店に連れて行かれるのかと思った。海岸からむしろ離れるような角度で住宅街に湾岸道路からハンドルを切ったので、降りた喫茶店の庭から瀬戸内の多島美が広がったのには正直驚いた。どうりでひつこく誘われたのが分かった。結構お勧めで自信があったのだろう。少し風があり寒いなと思ったが、テラスに席を取ったのには理由があり、禁煙の室内では煙草が吸えないのだ。余り人に聞かれたくない話題で誘われたから、人目を気にしてのことかもしれないが、僕は内緒話は嫌いだから室内の方がよかったが、誘われたのだから仕方がない。店内にドラムと管楽器が数個あったのが気になって一瞬だけ中に入り物色した。その楽しみは次回にとっておこうと、仕方なくテラスでテーブルを囲んだ。  メニューには定番の喫茶店にありそうなものが書かれていたが、裏を見てごらんと勧められたので裏返すと、上から下までハーブティーの名前が書いてあった。ほとんど聞いたことがない名前だったのでどれにしていいのか分からない。そんな人間のために、詳しい説明が各名前の後に付いていて、まるで問診票を見せられているようなものだった。内臓疾患にも未練はあったが、結局、精神不安のハーブティーにしてもらった。喫茶店の奥さんが笑いながらオーダーを復唱していたが、僕には一番あっているような気がした。ハーブティーにはお砂糖のシロップが付いていて、なんだか紅茶崩れのような味がした。甘党の僕はそのシロップがなければ美味しく飲めなかっただろう。良いアイデアだと思った。  僕は偶然海が見える向きに腰掛けたので、二人の話の合間合間に海を眺めていた。まるで入り江のように見えるのは、幾重にも島が重なっているからだ。高い大きな鉄塔が見えたので、あれは何かと尋ねると、香川県のある島の精錬所の煙突だと教えてくれた。高校時代の僕だったら泳いでわたれそうに見える島が、もう香川県だとは驚いた。牛窓と同じ海を見ながら、のんびりと日常から離れての1時間だった。僕にはかなり珍しい時間の使い方だった。ある役に就いてと言う話だったが、終始僕は断り続けた。人の役に立つのに肩書きはいらない。景色の中に何も加える必要はない。あるがままが一番いい。島はいくつ重ねても陸にはなれないのだから。