満腹

 戦後まだ食糧事情も良くなかった頃(?)の世代だから、食に関しては貪欲だ。質は全く問わずに満腹中枢だけ満たせば良かった。何を食べても美味しいから、腹12分目を目指して、犬のように飲み込んでいた。その習性は未だ変わらない。  どう見ても僕の日常の食事の5倍はあった。仕出し屋のものとしてはかなり高級だった。刺身に天ぷら、しゃぶしゃぶに、にぎり寿司等々。どれをとっても我が家の一食分だ。話せる人がその場にいなかったので僕は覚悟を決めて食べることだけに専念した。途中からお腹は一杯で、箸をすすめるのは昔からの習性だけのような気がしていた。食べ物が目の前にあるからそれを抹消するためだけに、口を動かしていたような気がする。僕は車だったので、酒は飲まずにペットボトルのお茶を飲んでいた。僕より2回りは上の人達が多かったが、よく飲み、よく食べていた。  食事を済ましてすぐ2時間車を運転して帰ってきた。そしていつもの時間に夕食代わりに菓子パンを2つ食べた。もっともごちそうを食べ終わったのが4時半で、菓子パンを食べたのが8時だから、お腹は全くすいてはいなかった。ただいつものように時間が来たから食べただけだ。  その後すぐに気分が悪くなってきた。ムカムカして吐きそうになった。トイレに行って空えづきをするが、胃酸が少し出るだけだ。そのうちムカムカがだんだんひどくなり、胃酸に混じって、菓子パンの溶けたものが出だした。吐く度に貧血を起こし、便器のそばの冷たい床の上で冷や汗を流しながら横たわっていた。むかつきに何度も襲われ最終的に胃の中のものを全て吐き出しやっと眠りにつけた。二日酔いも含めて過去何度も経験したことなので、出せば治ると思って襲ってくる吐き気を歓迎していたが、そのたびに貧血を起こすのはなかなかつらい。慣れるものではない。ただ、今回みたいに食べ過ぎて嘔吐を繰り返すようなことは今までにはなかった。二日酔いか食あたりだけだ。仕出し屋の料理をフルコース残らず食べただけで、食べ過ぎになった自分が歯がゆい。大食いを自認していたぶん、ショックはある。老いると言うことは、出来なくなることが増えることだ。今まで出来ていたことが出来なくなるとき、老いを感じる。胃袋の悲鳴はずいぶんとショックだった。倒れている僕の手をずっとなめ続けてくれていたミニチュアダックスのけなげな姿が僕のその気持ちを余計増幅した。こんな小さな生き物にまでいたわられるのかと。