迫田さおり選手

 今日、漢方薬の勉強会が岡山のホテルであり、世話役の僕は、終わってから会計事務をフロントでしていた。そこへ、ジャージ姿の背の高い女性の一団が入ってきた。一見してバレーかバスケットボールの選手だとわかる。最初に入って来た女性を見ていると、どこかで見た顔だ。それがワールドカップで最近までテレビにかじりついて応援していた大山加奈選手だと分かった。その気になってみていると、二人目は荒木選手だった。僕は全日本のチームしか知らないので、彼女らがどのチームに所属しているのか知らない。しかし、全員を見渡すと、木村沙織選手もわかった。試合が今日あったのかどうか分からなかったが、荒木選手の足にテーピングが巻かれ少し痛そうだった。  プライベートな時間なので話しかけることは躊躇われたが、一人の若い選手が僕の傍でホテルのフロント係の人となにか話していた。何かをお願いしているようだった。僕はその選手の言葉使いや態度にとても好感を覚えた。僕はある縁で、岡山県を代表するスポーツ女子高校のある競技の選手の体調不良を漢方薬でお世話している。その子達の持つ体育会系独特の礼儀正しさやすがすがしさにいつも感動を覚えているが、それと全くオーバーラップする感情に襲われた。おそらく同じような道のりを経て有名チームに所属しているのだろう。少しだけ話をして別れたがとても心地よい時間だった。今の若者が懸命に頑張っている姿は、スポーツくらいでしか見ることが出来ない。浪費と快楽と無気力と孤立を親から負の遺産で受け継いでいる若者たちと、対極に位置する彼女らに、この国の没落の防波堤を見る。肉体を傷めても尚懸命に立ちあがる姿は、なかなか他の分野では見られない。私利私欲で溢れそうな肩書がある人達にうんざりしている大衆は、スポーツ選手の血のにじむ努力に、果てしない絶望から刹那の解放を得ているのだ。とても好感を持った若い選手は、「サコダ」と名前を教えてくれた。僕は帰って東レの女子バレーチームのホームページを検索した。すると有名な選手に混じって彼女が載っていた。「迫田さおり」選手だ。鹿児島県出身とあったのを見て、鹿児島人の持つ特性かとも思ったけれど、おそらくバレーボールで幼い時から叩き込まれたものが人格的にも彼女に開花しているのだろう。僕は「テレビで又会おうね」といって別れた。彼女がいつか全日本に呼ばれ、世界に羽ばたくといいなと思ったのだ。偶然隣に来ただけの縁だったが、心から幸せを祈りたいし、目標を達することが出来るといいなと思った。  実は、漢方の勉強の間も、30年続けてきたバレーボールを今日から止めようかどうか迷っていた。首と腰が痛くて仕事にも差し支えているから。しかし、今日迫田選手と会ったことで、もう少しやってみようと思ったのだ。さっきバレーボールから帰ってきたのだが、なんとか2時間フルにやれた。僕のチームにも迫田選手くらいの若い女性がいて、やはり体育会系特有のすがすがしさを漂わせ、僕の心を救ってくれる笑顔を絶やさないのだ。そういった人達でこの国が溢れれば、争いも、飢えも、虚構もなくなるのに。残念ながら、時計の針は、もう左に回り始めている。