人間の血

 長袖のシャツをおもむろに肘まで捲り上げると、右腕が義手だとはっきり分かる。精巧に作られているので袖を伸ばしていたらほとんどの人には分からないだろう。「一寸持ってみる?」と言うと彼は義手をはずし、僕に持たせてくれた。なるほど、この重さだったら彼の言うことも分かる。  慢性の鼻づまりの漢方薬をもう2年くらい出しているが、まずまずの調子だ。ところが最近不眠とか不安感を訴えるようになった。最近は処方に反映させて少し軽減しているが、ガッチリした体格の彼には似合わない症状だった。  いつも強気で批判的な内容の話が多いのだが、今日は違っていた。「こんな腕だから、負けたくないもんな」僕はあたかも独り言のように呟いた彼の言葉を聞いて、いかに彼の本当の苦しみを理解していないかよく分かった。ハンディーを持って、健常者と張り合って、リストラの対象にならない様に必死なのだ。義手をはずしたら驚くように貧弱な上腕が残っているのが分かった。この弱った筋肉で、この重い義手を毎日支えているのがいかに仕事に、又健康の負担になっているかを想像してくれということだろう。  僕は鼻ばっかり気にして薬を作っていた。本人がこれだけ通ってくるのだからかなり調子はよいのだと思うが、その人の抱えているものには目をむけていなかった。まだまだ未熟だ、申し訳ない。観察力、集中力、理解力、欠けているものを上げれば切りがない。でも一番欠けているのは温かい人間の血。