身の丈

 漢方薬を作る間、二言三言、夫婦で会話をしていた。3回目に初めて夫婦でやってきた。最初は主人だけ。2回目は奥さんだけ。最初に作った薬の袋に、僕が注意した食養生を鉛筆でメモしてあった。きっと、奥さんに実行してもらっているのだろう。薬の袋は捨てずに毎回持ってくる。僕はそれを利用させてもらっている。時々老人がそんなことをする。もったいないを知っている世代の習性だ。若い夫婦がそれをするのはとても珍しい。家にもったいないを教えてくれる人がいるのだろうか。その夫婦は、軽四でやって来た。調剤室から見えるところに車を置いたので、誰が降りてくるのかと思ったら彼らだった。帰る時にも何故か車を見た。二人揃って小さな車にかしこまるのが何とも言えず、ほほえましい光景だった。きっと彼も独身の時は大きな車に乗っていたのだろう。決して暗くもなく、消極的でもないのに、派手な感じを全く受けない奥さんの影響か、「身の丈に合った」彼らの行動が、僕にはとても心地よい印象を与えた。どこから金が湧いてくるのだろうと疑いたくなるような贅沢な車に乗っている若者が多い。とてもまともな経済観念では手が出ないだろうと思うのだが、親に出させているのか、ローン地獄の入り口にいるのか、それとも車が全てで、知的なところにお金をまわさないのか。あまりマスコミで喧伝されるから、この国の人達は「身の丈」を忘れている。誰もがもこみちになれると思っているし、誰もが企業家になれると思っている。余程の幸運か、余程の悪意がないかぎり、身の丈の何倍もの幸運は手に入らない。努力は身の丈を超える為ではない。努力は身の丈でつつましく暮らしている人達を幸せにするためなのだ。若い夫婦の小さな車を見送りながら、大きな幸せを祈った。幸せはお金では買えない。あの夫婦を大切に思ってくれる人がいる、それが最高の幸せだと思う。