熱中症

 恥ずかしい話しだが、僕は母が何歳かしらない。生年月日も知らない。勿論調べれば分かるのだが、その必要がないから今だ知らない。よく働く人で、今だ働いている。昼過ぎに僕の薬局にやってきて、夕方日が暮れる前に帰っていく。来るときはバスでやってくるが、帰りはたいてい歩く。母の為に色々仕事を作っておくのだが、仕事がなくなると「何かすることはない?」が口癖だ。  今日そんな母が、3時頃までやってこなかった。何か私用があるのだろうと思って気にもしなかったが、なじみのパン屋さんが、「お母さんがいなかったからこちらかと思った」と言って訪ねて来たので一気に気になり始めた。今月の末父の法事があるので、お墓の掃除を気にしていた。僕は、朝、お墓掃除に行ったまま倒れているのではないかと気になり始めた。何軒か、様子を尋ねる電話をしている時に母がやってきた。ほっとしたが、やはりお墓掃除に行っていた。長い雨がやっと上がって、張り切って掃除をしたらしく、4時間近く1人で頑張ったらしい。そのうち、両手がしびれてきて自由がきかなくなったらしい。何か不自然さを感じたらしくて、掃除を切り上げて帰り水を飲んで寝ていたら治ったらしい。  これこそが熱中症だと思う。雨上がりで湿気は多く、気温も意外と上がっていた。母はこんなに長く頑張るつもりはなかったらしいから、水を持っていっていなかったらしい。年寄りで口の乾きも覚えなかったのだろう。母にまさにそれが熱中症の始まりだろうと言うと、私もそう思ったと言っていた。お年寄りは部屋の中でも熱中症になる。  遅れ馳せながらにやってきて仕事を始めた母に安心して、窓から外を見ていると、沢山のツバメが電線に並んでいた。上空にカラスが2羽現れると、一斉に飛び立った。何故20羽以上のつばめが群れていたのか知らない。旅立ちの儀式なのだろうか。どんな動物にも植物にも天敵はつき物だ。この僕も天敵だらけだ。