放浪薬剤師

 別に具体的な目標があった訳ではないが、55歳まで働こうと思っていた。その後は命に未練がなくなるから、飛行機にでも乗って外国に行こうかなどと漠然と考えていた。(飛行機は落ちるものと言う考えから抜け出られない)子供を育てている間は死ねないといつも思っていた。55歳を目前にしてまだ僕はこの何10年と同じように働いている。  ところが、ふとしたきっかけでとてもよい僕のこれからの生き方が見つけられそうになった。僕がこの薬局に留まっている必要はないのではないかと思ったのだ。いまでは牛窓の人以上によその方が来てくれる。交通や通信が発達した現在僕がここに留まっている必要はほとんどない。そうだ、僕は放浪薬剤師があっているのではないかと思ったのだ。僕の子供は医者と薬剤師になっている。牛窓の方は二人に任せればいいのではないか。僕はむしろ色々な薬局を回って、ご飯を食べさせてもらい、宿泊だけさせてもらえばいいのではないか。そんな夢みたいな、でも現実にかないそうなことを思い浮かべた。元々こんなに薬剤師として頑張って来れるとは思わなかった。僕の学生時代を知っている人にとっては驚異だろう。薬学以外のことばかりしていた僕が、漢方薬を主に仕事にしているなんて誰が想像できただろう。折角得た知識を、牛窓だけで使う必要もない。自由に生きながら若干の役に立てればそれにこしたことはない。お金で買えるものは何もいらない。その日の食事と泊まるところさえあてがってくれれば、僕はその地区で圧倒的に流行る薬局になるお手伝いが出来ると思うのだが、だれか僕を雇ってもらえませんか。